株式会社わかさ生活 角谷建耀知社長に学ぶ

公開日: 社長日記



株式会社わかさ生活 角谷建耀知社長に学ぶ
一度は死を思いとどまった私でしたが、
再び、死のうとしたことがありました。

病院を退院したものの、
目が半分見えないため、新聞配達もできず、
経済的理由から大学を断念。

時を同じく頼りの祖母も入院していましたので、
行く当てもなく、友人宅で居候させてもらいました。

まずは働かなければと思い、
百貨店でアルバイトを始めました。

手術で出来た傷口を隠すため、
帽子を深くかぶっていたのですが、
それでも赤く晴れ上がった皮膚が見えていました。

そんな折、私を見たお得意さまから、
さげすんだ目で「気持ち悪い」と言われ、
お店にも「お宅のブランドが落ちますよ」
との苦情を入れられたのです。

店から即刻解雇を言い渡されました。

「気持ち悪い」――この言葉が
何度も脳裏を駆け巡り、気が付くと、
ふらふらと線路の上を歩いていました。

電車が近づいてきて、警笛が鳴り響きました。
私は線路の外に転がっていました。
どうやって身をかわしたかも覚えていません。

呆然と友人宅へ戻ると、
普段はおとなしい友人が、
店の不当な解雇に対し、激怒し、
店に怒鳴りこんでくれました。

私を思う彼の姿に、
もう二度と死のうなどという気は起こさない、
そう心に誓いました。

彼がいなかったら、今の私はありません。
その彼は今、わかさ生活が作った
「女子プロ野球リーグ」の球団代表を務めています。

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「人生、自分で乗り越えられない壁はない」

眼前に立ちはだかる壁を避け、
左に進んだら、大きな川があり、
また戻ってきて、右へ進むと、
今度は巨大な岩がある。

人生というのは、そういうものではないでしょうか。

川があるなら、船を作ればいいし、
岩があるなら、岩を砕く機械を作ればいい。

壁が立ちはだかっているなら、
少しずつ登ればいい。

少しくらい時間がかかっても、
人生、乗り越えられない壁はないんじゃないか、
そう思います。

私も両目の視野を半分失った時は絶望しました。
遠近感が取れず、人や物にぶつかったり、
食べ物や飲み物をこぼしたり、
階段から足を踏み外したりの毎日でした。

本も読めないし、字も書けない。
辛い日々が何年も続きました。

しかし人間の潜在能力というのは不思議なもので、
見えなくなった分、人の気配というか、
人の気持ちが察せられるようになり、
空間察知能力が付いたような気がします。

人生、50:50(フィフティーフィフティー)です。
絶望だけの人生も、希望だけの人生もありません。

必死に働いて、大学の入学金と授業料の借金を返しました。
そして、21歳の時に、健康食品のお店を設立することができました。

ところがオープン初日、
あろうことか、ずっと心の支えだった
祖母が逝去したのです。

悲しみを抱いたまま葬儀に出席し、
数日ぶりにお店に戻ると、なんと社員が
1週間分の売上金を持ち逃げしていたのです。
ショックでした。

納骨のために、祖母のお墓に行った時です。
“一体、どうしたら、ええんやろう”。
そう呟くと、
「裏切られても、笑って許してやる、
そういう人になれ。
でも、お前は人を裏切る人になるなよ!」
――どこからともなく祖母の声が聞こえたように感じたのです。

この日を境に、もう一度、頑張ろう!
そう奮起しました。

再びお店は軌道に乗っていったのですが、
過労で「てんかん発作」を起こし、入院している間に、
信じていた人に事業も社員も乗っ取られ、結局、
4000万円の負債を抱えたまま倒産したのです。

しかし私は、破産宣告の申し出をせず、
債権者に「必ずお返しします」と頭を下げて回りました。

応援してくれた恩義に対し、
借金を踏み倒すなどという卑怯なマネはできません。
祖母の言葉が頭によみがえりました。

でもそういう時は、人間性が出るものですね。
地に落ちたと思った途端、
居丈高に怒鳴られたこともありました。

その一方、そんな私の姿勢を評価してくださり、
さらに応援してくださった方もいたのです。

チャンスをいただいたおかげで、
兵庫県尼崎の地で、再び旗揚げを決意。
まさに起死回生、ゼロからの再出発でした。

お金はありませんでしたので、
手書きでチラシを作り、一人で配りました。

ところが、これがまさに閑古鳥状態。
午後1時をすぎた頃、ようやく2人のおばちゃんが店を覗き、
「店、もう終わったんか?」と、
関西人独特のきついギャグを飛ばすのです(笑い)。

しばらく世間話をしていたら、
「一人やったら大変やろ。私らも手伝ったろか?」
と言って、チラシ片手に、
「近所に配ってくるわ」と出掛けていったのです。

数時間後、そのおばちゃんから連絡がありました。
指定された場所に行ってみると、
なんとそこに大勢の人が待機していたのです。

この方たち、皆、創価学会員でした。

それからというもの、
“親切に健康相談に乗ってくれるお兄ちゃんがいる”
と評判になり、3日連続、一日200人以上のお客さまが来店。
瞬く間に、店は押すな押すなの大盛況となりました。

これまで何度も人に裏切られ、
傷ついていた私の心が、
再び人を信じる心を取り戻したように思います。

学会の皆さんの真心に私は救われました。
今も深い感謝をもって思い出します。

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「世のため、人のために」
――そこにお金や時間を使う人が、
成功者になっていくのだろうと思います。

社会貢献を通し、
人が育つ環境をつくる使命が会社にはある、
そう思っています。

私の指針は、
「人生は蒔いた種の通りに実を結ぶ」
です。

人から幸福をもらうのではなく、
自分自身が、どれだけ幸福の種を蒔いたか。
その分だけ、自身の人生は、
幸福という実りに彩られる、
そういうふうに思っています。

人のため、社会のためにいいことをしていけば、
回りまわって、必ず自分の所に戻ってくるものです。
祖母がよくそう言っていました。

創価学会、池田名誉会長というと、
私の心に浮かんでくるのは、
「平和」の二文字です。

名誉会長の平和行動は、
戦争で長兄を亡くした母の悲しむ姿を見たことが、
その出発点であると伺いました。

人生の師匠と出会い、世界を相手に、
これまで一貫して「平和」を訴え続けておられることは、
凄いと思います。

これからも「平和」を貫くリーダーとして、
ますます進んでいただきたいと強く思います。

どの人も、使命をもって生まれてきた命です。
しかし、平和でなければ、その尊い命も
蔑ろにされてしまうし、家族もバラバラになってしまいます。

私の父は塗装業だったのですが、
屋号は「平和塗装」でした。
戦争を経験した祖父が、誰よりも「平和」を
望んでいたからと聞きました。

「平和」は、皆の願いです。
これからもますますご活躍されることを
心から願っています。

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