祈るなんて他力本願で弱い奴がやる事
と多くの人は勘違いするが
本物の仏法哲学は真逆である
他の人が日々の多忙な生活の中で
休んだり遊んだりしてる時も
学会員は常に祈り行動している訳で
弱い人間ならそんな面倒な事を続ける事はできない
そしてそれが一年、五年、十年と積み重なった時に
地道に続けてきた人と
何もやって来なかった人とでは
人生で違いが出ない訳がない
本物は他力本願ではなく
他力本願は偽物の宗教哲学の証である
偽物は信じやすく実践しやすい
自分は無宗教だと言いながらも
冠婚葬祭全てに宗教が絡むが
それすら理解していない人が大多数である
結婚式はキリスト教で神に誓い
葬式は仏教で坊主のお経を聞き
初詣に占いに風水に
厄年だ厄払いだと金を払う
無宗教なのにおかしな話しだと思わないのか?
高度な偽札ほど見抜くのは難しいが
宗教哲学も同じである事を多くの人は理解していない
冠婚葬祭の高度な偽物宗教哲学は
信じやすく、いいとこ取りでやりやすい
自分の都合の良いように他力本願でやれる
そんな都合の良い時だけ利用できる偽物で
人生が良くなる訳がないではないか
人生を幸せに生きれる人は
幸せに生きる為の行動を日々続けてるから
幸が積み上がっていく
幸せに生きる為の哲学なき人生は
順風満帆の時はいいが
歳を重ねる程に人生が満たされなくなっていく
人生は良い時などあっという間であり
生きて
老い
病になり
死に向かう
この生老病死の苦悩からは誰も逃げられない
どんなに何かを成そうと
どれだけの無限の物を得ようと
永続性ある幸福とは別問題である
全ては一時的で相対的な幸福を求め
今を楽しむという儚い人生を生きる人がいかに多いか
日蓮仏法を正しく実践する創価学会こそ
幸福の起動に乗る唯一の宗教団体であり
世界最高の仏法哲学である


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