パナソニック株式会社 髙見和徳副社長に学ぶ

公開日: 社長日記



パナソニック株式会社 髙見和徳副社長に学ぶ
創業者は、皆さん、ご承知の通り、
松下幸之助です。

池田大作SGI会長と何度も対談され、
その内容は往復書簡集『人生問答』として出版されています。

弊社は、2008年10月、松下電器産業株式会社から、
パナソニック株式会社に変わりました。
現在、売上高は7兆7千億円。従業員は25万人。
本社のもとに、四つのカンパニーがあり、
37の事業部があります。

私は兵庫県多可郡で育ちました。
学会に入会したのは1965年(昭和40年)で、
入退院を繰り返していた父の健康を願ってのことでした。
私が小学5年生の時です。

高校2年生の時、神戸市の中央体育館で、
池田先生と記念撮影をしていただく機会がありました。

一目見た瞬間、すべてを包み込むような深い慈愛を感じ、
頭の中が真っ白になるくらい感動しました。

何としても創立者の元で学びたいとの思いが強くなり、
1日10時間の勉強、3時間の唱題を実践していきました。

自ら掲げた課題(ノルマ)から一歩も逃げず、
晴れて4期生として合格することができました。

“陸続と続く創価大学の後輩達の為に
道を切り開いていってもらいたい。
その為にも社会で実証を”

“たとえ君たちがどのような立場になろうとも、
私は生涯、君たちを守る”
――卒業式の折、創立者から贈られたメッセージは、
片時も忘れたことはありません。
今も私の心の中に深く刻まれています。

パナソニック株式会社 髙見和徳副社長に学ぶ
「実証を示そう」
「後輩のために道を開こう」
――ただただその思いで頑張ってきました。

とはいえ創価大学出身といっても、
誰も信頼してくれません。
一から築き上げていくしかない。
社会で信頼されるには実証を示さなければならない。

では、どうすれば実証を示すことができるか。
人の倍、働くことなんですね。

私は、いつも、誰よりも早く出勤してきました。
もちろん、学会活動も一歩も引かなかった。

夜、会合を終えた後、再び会社に戻り、
そこから仕事をしたことなど、何度もありました。

でも、つらいと思ったことは一度もありません。
当たり前のことだと思っていました。

大変、厳しい環境のなかでしたが、
努力、努力の日々を送りました。

ある時、職場で白紙のA3用紙を渡され、
企画書を作成するように指示されました。
でも、何を、どう書けばいいか、全然分からない。

そこで何をしたかといえば、
皆が帰った後、秀逸と言われる先輩の企画書を下に敷き、
カーボン紙で上からなぞっていったんです。

そうやって、ペンダコができるくらい、
何度も書き写していくうちに、何をポイントに、
どう書けばいいか、だんだんとその本質が分かってきたんです。

そうやって、いいものを、体に染み込ませるように努力した末、
ある程度の企画書が作成できるようになりました。
そうした姿勢が評価されたのか、松下電器産業㈱電化・住設社で、
事業戦略の企画立案を行う経営企画室長になりました。

1998年(平成10年)、入社から20年後のことです。

パナソニック株式会社 髙見和徳副社長に学ぶ
創立者(池田SGI会長)の言葉に、
「使命を自覚した時、才能の芽は急速に伸びる」
という指針があります。

自分は一体、何のために生きているのか、
何のためにここにいるのか、
深く考えさせられました。

私は創立者と創業者のお二人が、共に尊敬しあい、
強い絆を結んでこられた会社で働いている、
ここで実証を示さない限り、私の使命はない、
そう自覚を新たにしたのです。

この頃から、私の人生は、
大きく変わっていったように思います。

翌年、滋賀県草津市にあった
松下冷機の冷蔵庫事業部長に就任しました。
社員は1400人。

就任の折、創立者には本当に申し訳ないのですが、
創立者の会長就任の挨拶を引用し、
「若輩者ではございますが……」
と挨拶させていただきました。

すると、何人かザワついているんですね(笑い)。
事業部長の私が学会員だということが、うれしかったのでしょうか、
涙を浮かべている社員の方もいました。

トップが学会員であるということ、
さらに創価大学出身であることの重みを、
この時ほど感じたことはありません。

「良いことは社員の成果、悪いことは私の責任」。
この言葉は、何度も語っています。
言葉だけなら、私以外にも、多くの人がこの言葉を語っています。

しかしながら、“いざ”という時に、
その人の本質が現れるんです。

何か問題があった時に現場の人の責任にしたら、
現場の人はどう思うか。
裏切られたと思うんです。
この反動はすごいですよ。

会社というのは、長年、男社会でしたから、
偉くなりたいと思うのは当然でしょう。
でも「管理職」というのは「責任職」です。
それを、自分が偉くなったと勘違いして失敗する人は大勢います。

私は社員を裏切るようなことは一度もしたことがありません。
社員がミスをしても、絶対に名前を挙げたりしない。
「すべて私の責任です」と謝ってきた。
そんなことが何度もありました。

要領が悪いとバカにされたこともあります。
また利用されたこともあります。
でも、誰かが責任をかぶらなければいけないのなら、
自分がかぶればいい、そう思ってやってきました。

パナソニック株式会社 髙見和徳副社長に学ぶ
松下冷機の事業部長の時でした。
冷蔵庫の生産拠点だった神奈川県の
藤沢工場を閉鎖することにしたのです。

事業の継続といっても、
決して簡単なことではありません。
成長には、時に痛みを伴います。

藤沢工場には、460人の従業員が働いていました。
その方々に辞めていただくことになったわけです。
トップとして、これは本当につらかった。

周囲からは、
「夜道は絶対、気をつけたほうがいいですよ」
とか、
「ボディーガードをつけましょうか?」
と言われましたが、私はお断りしました。

私は一人一人と、じっくり懇談していきました。
結果として2年間かけて、460人全員の就職を斡旋しました。
今でもほとんどの顔を覚えています。

創立者にならい、私も徹して一人を大切にしてきたつもりです。
辞めた後もお世話をしています。
この方たちとは、今も連絡を取り合っています。

工場を閉鎖する最後の日、
従業員の方々が工場の設備も何もかも
ピカピカにしてくれていました。

私は感動で涙が止まりませんでした。
工場の皆さんに心から「ありがとう」と伝え、
最後に工場を閉めました。

ただ、その跡地が今、弊社の
藤沢サスティナブル・スマートタウンとして、
新しくよみがえり、素晴らしい町となりました。
これが事業継続ということです。

トップは、決断する勇気があるかどうか試されます。
その決断が遅れると、取り返しのつかない事態を招くことになるからです。

「何のために、ここにいるのか」
――同時多発テロの時に思索したその問いに、
再び直面した時がありました。

2011年、12年と2年続いて、
弊社が大きな赤字を出したのです。
その時、“私はこの会社を必ず復活させてみせる”
と、再び決心したのです。

そのために今、すべきことは何なのか。
さまざまな検討をしましたが、そのうちの一つとして、
若い人に、将来の事業、将来の商品開発を託そうと決めたのです。
ですから、三つのプロジェクトは、いずれも35歳前後の若いメンバーです。

私は最初に彼らに言いました。
「万が一、失敗したら、その責任は私が取る。
皆は一切、気にしなくていい。
だから、こうしたい、ああしたいということを、
思うがまま、やりなさい」と。

青年世代に商品開発を託したのも、
そうやって物づくりの大変さ、楽しさを伝えていけば、
彼らが幹部になった時、次へつないでくれると思うからです。

襷をつなぐ。これは思った以上に大変です。
プロジェクトのメンバーには創大の卒業生もいました。
私は後輩のために道を開きたい、
後輩たちが堂々と歩んで行ける道筋を作りたい、
それだけです。

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創業者は、人材登用にあたり、三つの尺度をもっていました。
一つは運がいいこと。
二つ目は誠実で素直なこと。
三つ目が愛嬌があること、です。

どうです?
学会の男女青年部のように思いませんか。
私も長年、ビジネスマンとして働いてきて、
本当にその通りだと思います。

私から青年部の皆さんに訴えたいことは、
まず「挑戦しよう」ということです。

最近の若い人は頭の回転が速く、すべて先読みして、
無駄だと思うことには手を出さない。
あるいは、ハードルを下げて、小さな目標をクリアして、
満足しているように思います。
高いハードルに挑戦していってほしいですね。

もう一つは、
「ウソをつかない」「言い訳しない」です。
自分をごまかしたり、逃げたりしてはいけません。

最後になりますが、会社というのは、
いい上司ばかりとは限りません。
どんなに頑張っても、全く認められないこともあるでしょう。

そこで嫌気がさして、逃げたところで、
また同じような人と会うものです。

それより、どんな上司であっても、
全部、自分を鍛えてくれているんだ、
育ててくれているんだ、と反面教師として
捉えていけるだけの度量をもってほしいですね。

私は人一倍、努力してきました。
偉くなりたいと思ったことはありません。

信頼される人になりたい、
社会で実証を示したい、
その思いだけでした。

なぜか。
創立者を悲しませるようなことはしない、
その思いが、ずっと心の奥底にあるからです。

青年の皆さんは、もっと、もっと大きな夢をもち、
世界へ羽ばたいていってほしいですね。

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