レオック・グループ 小野寺裕司会長に学ぶ

レオック・グループ 小野寺裕司会長に学ぶ
東京に旅立つ前、髪を切ってもらおうと、
昔から通っていた理髪店へ行きました。

そこの店主に、会社を辞めて、
東京で働くつもりだと言うや、
突然、動かしていた手が止まり、
「君はオヤジを見捨てる気か。
そんな卑怯な人生を歩んでどうする!」
と怒り出したんです。

ふと鏡を見ると、
店主の目に涙が浮かんでいた。
何をそんなに怒っているんだと、
不思議でなりませんでした。

帰り際、
「明日、うちにおいで」
と言われ、翌日、伺いました。

10人ぐらいの男性がビッシリ。
瞬間、変な壺でも買わされるなと思いましたが、
それが折伏の現場でした(笑い)。

まあ、一通り、反発した後、
皆の熱意に負け、入会を決意しました。

父に告げると、
「お前は何をやっても中途半端だから、
やるなら、ちゃんとやれ」
って反対に激励されたりして。

それから1ヶ月間、
言われた通り、勤行に励みました。

“もし願いを叶えてくれたら、
自分の人生、学会に捧げます”
と、真剣に祈りました。

もちろん、祈っていたのは、
仕事のことです。

本当に不思議なんですが、
勤行を始めた日から、どんどん仕事が増え、
やることなすこと、すべてがいい方向に向かい、
見る見る業績があがったんです。

“この信心はすごい”
との揺るぎない確信を持ちました。

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随分、あとになりますが、
父も、
「親が教えてやれなかった生き方を、
創価学会の皆さんは、息子に教えてくれた」
と言って、入会しました。

私は19歳の時から父の仕事ぶりを見てきました。
いろんなことを学びました。

確かに父がいてくれたからこそ、
現在の発展の基盤がありますし、
たくさんのことを、父から教えてもらいました。

ただ、結論から言えば、
会社経営の指針、またリーダーとして
あるべき姿というのは、
すべて池田先生の指導から学んだものです。

「お客様に喜びと感動を、
従業員に成長と幸福を、
社会に貢献を」
という経営理念を掲げましたが、
そのようになったのも、やはり入会して、
人生の哲学を先生に教えてもらったからだと思います。

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わが社最大の危機を乗り越えた後、
池田先生から、思いがけなくも、
カバンを頂きました。

それを、どう捉えたらいいのか、
随分と悩みました。

池田先生が世界広布の第一歩をしるされる折、
奥様から頂いたのは、大きなカバンだった
ことをふと思い出し、私は決断したんです。

“よし、わが社も海外へ行こう。
世界を舞台に、世界広布のために、
少しでもお役に立つよう、戦おう”と。

そこで、日本の食材がいかに素晴らしいかを、
海外の方々に知ってもらうため、
高級すし店と、鉄板焼きの店を開くことにしました。

その第一歩を、池田先生に倣い、
ハワイと決めました。

周りは当然、反対。
ハワイに高級料理店などをつくっても、
絶対、人は入らないというのです。

しかし、予想に反し、
出店した時から、毎日予約で満杯。

その後も、パリ、香港、ロンドンに出店し、
年内にニューヨークと上海、
ロサンゼルスに出店します。

私も、香港に足場を置いて働くことを決断し、
まもなく雄飛する予定です。

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創価学会は、私の人生そのものです。
入会当初から、その思いは変わりません。

青年部の皆さんには、
「学会活動をとことんやり抜こう!」
と訴えたいです。

それぞれ仕事が忙しいとか、
個人的な悩みがあるとか、
いろいろと事情はあるでしょう。

しかし、
先生の指導通りにやれば、
必ず開けます。

とりわけ大事なのは、
「折伏」です。

確かに折伏は大変です。
自分自身の生命を、課題を真正面から
見つめなければならないからです。

でも、そこから一歩も逃げず、
真っ向から挑み、乗り越えることができたら、
仕事のことや世間的な問題など、
大抵、解決します。

世法の悩みを、世法で解決しようと思っても、
また同じような問題で悩むものです。

どうせ悩むなら、
信心のこと、折伏のことで悩みましょう。

必ず、自分が思い描いていた以上の人生を歩めます。

高校中退のこの私が、
ここまでこられたのは、
信心と池田先生以外にない、
そう確信しているからです。

私は生涯、
「創価学会の小野寺」として、
これからも戦い続けていく覚悟です。

コメント

  1. 山本 潤三 より:

    前略 小野寺会長のバックボーンのお考え共感いたします
    機会が御座いましたらお話お伺い致したいと存じます
     2018・6.7

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